テレビの特集番組“赤ちゃんの取り違え事件”から思うこと

author:K.I2018/10/01 Monday

「赤ちゃんの取り違え事件」をテレビの特番で見ました。

その件数は分かっているだけで言うなら、昭和40年代がピークだそうですが、この事件が厄介なのは、悲劇がそのときだけで終わらないことです。
成人後に血液型から自分の親へ疑惑が湧けば、それは一生の悲劇になり得るからです。(とは言っても、あくまで地上にいる間だけのことですが・・・)

自宅で助産婦さんによって出産していたころと違い、今は病院で出産するのが当たり前になり、それが取り違え事件の発生になっています。
しかし取り違えがメディアで大きく取り上げられるにつれて病院は、新生児の誕生と同時に足首にネームバンドを巻くなどして対策を取るようになりました。


さてそこで今回は、取り違えによって実親に育てられなかったA氏(51才)の苦悩の人生から考えたことをお話したいと思います。

A氏が7才のとき母親が我が子の血液型に疑惑を持ち、すぐに病院に訴え出ましたが、病院側は取り違えを認めないどころか、母親の浮気によると一方的に決め付け、何度訴えても取り合ってくれず、その半年後に両親は離婚しました。
その心労で母親は体調を崩し、幼いA氏は親戚をたらい回しにされて「一体お前はどこの子だ!」と言われながら育ちました。

「人間のすることに完璧はない」とは言え、取り違えるなんて余りにもお粗末です。注意すれば防げる問題です。


一方で私は、こうした事件にも霊的背景があると思っています。
原因結果の法則が働く以上、全てが必然で起きていて偶然はないからです。

それはすなわち取り違えから発生する苦しみも因果律によるのであり、摂理にそって正しく対処して乗り越えたならばカルマの清算になると思うのです。(もちろん今の地上人には取り違えは大問題ですが・・・)

それに実子だの実親だのといっても、あくまで肉体次元のことであり100年足らずのことです。
人間の本質である霊にとって実子も実親もなく、全ては神の子です。神が実親であり人間は実子なのです。
となれば、実子・実親にこだわる必要はないわけで、どの子を育てようと神の子を育てることに変わりはありません・・・
なのに、こだわるのは“肉体が人間”だと思っているからです。つまり肉主であって霊主ではない!ということです。



ところで、米国で起きた赤ちゃん取り違え事件の裁判の判決は驚くべきものでした。取り違えを認めた上で「取り違えたまま育てなさい!」というものだったからです。

それは白人同士の夫婦と、黒人と白人の夫婦の間で起きました。
2組の夫婦は同日に出産しましたが、なんとなんと白人同士の夫婦にハーフの赤ちゃんが、黒人と白人の夫婦に白人の赤ちゃんが渡されたのです。

それから幾ばくかの歳月が経ち、我が子の肌色に白人同士の夫婦が疑念を抱き、直ちに裁判所に訴え出ましたが、前述の通りの判決が下りました。
日本人には驚くべきこの判決は、米国が多民族国家であることや、米国と日本では家族の概念が違うことを考えると少し納得できます。

米国では家族の形態は神との契約で決まるとし、父親・母親、長男・長女、次男・次女など・・・全てが神との契約であると考えます。
その根底にあるのは、“人間は全て神の子”という概念ですが、その割には人種差別があると私は思いますが、それはさておき・・・

米国では子供の家庭環境を大切にします。
多民族国家ゆえ家庭が違えば宗教も違い、食事や育児・教育育方針も違うからです。もちろん料理や食材も違います。

それに加えて米国は養子縁組が盛んで、他人の子を育てることに日本より抵抗が少ないようです。
子連れでの再婚も珍しくなく、家族とは限定されたものではなくて、時と場合によって入れ替わったり人数が増減したりすることにさほど違和感がないのです。

親が再婚すれば兄弟が増減するのは当然で、血の繋がらない兄弟姉妹がいても普通だそうです。
それを聞いた私は「なんて自由なんだろう!!!」と感嘆しました。同時に私にはまだまだ“血縁という縛り”が残っていることを気付きました。


血縁重視は儒教の影響かもしれませんが、とにかく日本は血縁を重視します。血の繋がりこそが重要で、血縁は家族を決定する重要な要素になっています。
また、この血縁重視は“夫婦間ではない人工授精(夫以外の男性の精子による人工授精)”で生まれた子にも見られます。

人工授精で誕生した子が成人後に実父、つまり精子提供者を捜すという話は、これまで幾度も報道されていますが(*注1)、探す理由は「自分のルーツを知りたい」からだそうです。

しかし真理に照らしたならば、人間の本質は霊であり、全人類のルーツは全員同じ神です。神以外にいないのですが、これは真理が地上界に浸透するまでは受け入れられないでしょう・・・


それと私が不思議に思うのは、子供が実親に会いたいと思うほどには親は実子に会いたがらないことですが、それは人間の本能には自分のルーツを知りたいという思いがあるのかもしれません。


いずれにしてもアメリカの判決に私は「自由と清々しさ」を強く感じます。
なぜなら、その自由と清々しさは判決が摂理に適っているからでしょうが、こうして地上界はゆっくりとではあっても自由と清々しさを実現していくのだと未来に大きな希望を見ています。



*注1:
“夫婦間ではない人工授精”は、昭和40年代に慶応大学付属病院が皮切りで始まったと記憶しています。
当時慶応病院に勤務していた私は、精子提供は優秀な医学部の学生数名の精子を混合し父親が特定できないようにしていると聞きました。
それでも誰が実父なのかを知りたくて捜しているという報道が最近もありました。

しかし真理が地上界に普及された暁には、不妊も摂理の働きによると知り、人々は実子・養子にこだわらず“全てを神の子”として育てていくようになると私は期待します。
また私は、そうした摂理に適う大らかさ、自由さ、清々しさを持ちたいと日々努力しています。

|http://kss.vis.ne.jp/b/index.php?e=728|
日常|04:20 AM|comments (x)|trackback (0)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:http://kss.vis.ne.jp/b/tb.php/728

▲PageTop

Calendar

            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31      

<<前月 2018年12月 次月>>

NewEntries

Categories

Archives

Profile

Link

LogIn

ゲストモード

ID:
Pass:

Admin

ID:
Pass:

Other

Powered By

Copyright © KANTOU Silver Birch Society All Rights Reserved.